大阪地方裁判所 昭和36年(ワ)477号 判決 1968年7月30日
大阪市西成区田端通五丁目六番地
原告 実野作雄
右訴訟代理人弁護士 井上福男
同 大川立夫
東京都中央区銀座西八丁目四番地の二
被告 株式会社文芸春秋新社
右代表者代表取締役 沢村三木男
右訴訟代理人弁護士 藤井幸
大阪市生野区大友町一丁目七番地
被告 三谷秀治
右訴訟代理人弁護士 東中光雄
同 石川元也
同 小牧英夫
右訴訟復代理人弁護士 野間友一
同 小林保夫
右当事者間の昭和三六年(ワ)第四七七号損害賠償等請求事件について、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
被告等は原告に対し、共同して、別紙第二記載の取消広告を文芸春秋誌上および大阪市で発行する朝日新聞、毎日新聞、読売新聞の各朝刊大阪市内版の下段広告欄に、取消広告の四字ならびに被告等の社名、氏名は五号活字、その他の部分(本文、日附、被告等の肩書)は九ポイント活字をもって、各一回あて掲載せよ。
被告等は原告に対し、各自金一、〇〇〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和三六年二月一六日から右支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は被告等の負担とする。
事実
第一、原告訴訟代理人は、「被告等は原告に対し各自金二、〇〇〇、〇〇〇円およびこれに対する本訴状送達の日の翌日から右支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。被告等は連帯して原告に対し雑誌文芸春秋の紙上ならびに大阪市で発行する朝日新聞、毎日新聞、読売新聞、産業経済新聞の各朝刊大阪市内版の下段広告欄に、二段抜で、謝罪広告の四字は三号活字、宛名および被告等の氏名は四号活字、その他の部分(本文、日付、被告等の住所、肩書ならびに原告の住所)は五号活字をもって、右使用活字に相応する行間を保ち、
謝罪広告
昭和三六年一月一日付発行にかかる文芸春秋新年特別号第二九四頁以下に掲載した、「外遊はもうかりまっせ―大阪府会滑稽譚―」と題する記事のうち、第二九九頁以下の貴殿に関する記事は、全く事実無根であって、貴殿の名誉を著しく傷つけ誠に申訳ありません。
よってここに深く陳謝いたします。
昭和 年 月 日
東京都中央区銀座西八丁目四番地の二
株式会社文芸春秋新社
代表取締役 沢村三木男
大阪市生野区大友町一丁目七番地
三谷秀治
大阪市西成区田端通五丁目六番地
実野作雄殿
なる謝罪広告を、「文芸春秋」紙上には一回、右各新聞紙上には三日間引続き掲載せよ。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決ならびにそのうち金員支払を求める部分について仮執行の宣言を求め、被告等訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。
第二、原告訴訟代理人は、
一、請求の原因として、
(一)、被告株式会社文芸春秋新社(以下被告会社という)は、発行部数、数十万を算し、全国にその購読者を有する月刊雑誌「文芸春秋」(以下単に「文芸春秋」という)の発行ならびにその他書籍類の刊行を業とするもの、被告三谷秀治は、大阪市生野区選出の大阪府議会議員で「文芸春秋」の寄稿者、原告は、本訴提起当時大阪市西成区選出の大阪府議会議員である。
(二)、被告会社は、昭和三六年一月一日付発行の「文芸春秋」新年特別号(通巻第三九巻第一号、以下これを本件文芸春秋という)第二九四頁以下に、被告三谷の執筆にかかる「外遊はもうかりまっせ―大阪府会滑稽譚―」と題する記事(以下本件滑稽譚という)を掲載のうえ、右雑誌を、出版界の慣例にしたがって、その発行日付前である昭和三五年一二月上旬頃、全国に販売頒布したが、右記事中には、第二九九頁以下において「アメリカとは熱海なり?」「見えすいた大ボラ」との見出しを付した別紙第一記載の記事(以下本件記事という)が存する。その要旨は、原告が、大阪府から四〇日間のアメリカ合衆国出張命令を受け、これに対応する旅費、日当、宿泊料等の支給を受けながらサンフランシスコ到着の翌日、直ちに帰国し、右出張期間中を熱海の旅館で過ごして、右支給旅費、日当、宿泊料等を着服し、たまたま右旅館において被告三谷に発見されるや、これが口止料として同人に金品を提供して、真相の暴露を阻止しようと努めたが、同被告に拒絶されてべそをかいたというのである。
(三)、ところが、原告は、大阪府から昭和三〇年三月九日より同月二五日までの一七日間米国出張を命ぜられ、そのとおり出張してきた経歴を有する者であるが、本件記事は、原告において大阪府から米国出張を命ぜられたこと以外は全く虚偽の事実を内容とするもので、執筆者被告三谷において故意にねつ造したものであるし、被告会社においても、元来雑誌の編集発行等いわゆる広報活動に関する経営をなすものとして、記事の掲載、発行に際しては、その内容および事実の真相を十分に調査し、いやしくも個人の名誉を毀損する等人権侵害の生ずることを未然に防止すべき注意義務があるところ、被告会社は、右注意義務を全く怠り、漫然本件記事を掲載して本件文芸春秋を発行したものである。このように、被告三谷の本件記事の執筆および被告会社へのその寄稿ならびに被告会社の過失に基く本件記事の本件文芸春秋への掲載により、原告は、その名誉を著しく毀損され、精神上将来回復することが殆ど不可能なほどの打撃を蒙ったので、被告両名は、原告に対し連帯してこれが賠償する義務がある。
(四)、仮に被告会社に右の過失が認められないとしても、被告会社の被用者であり、本件文芸春秋の編集ならびに発行人である訴外田川博一は、被告会社の事務の執行として右雑誌を編集、発行するに際し、被告会社と同様の注意義務があるところ、本件記事につき、事実の真実性の調査、記事の検討を尽せば、容易に特定人(原告)の名誉を毀損するおそれのある記事であることが判明したのに、これを怠り、漫然被告三谷の提供した本件記事を掲載、発行した過失により、原告に対し前記の如き損害を与えたものであるから、被告会社は、訴外田川博一の使用者として、同訴外人の不法行為により蒙った原告の損害を被告三谷と連帯して賠償する義務がある。
(五)、原告は、明治三四年一二月一五日出生の男子で、昭和一三年以来同四二年三月まで大阪市西成区選出の大阪府議会議員として六期、二十数年間大阪府政に奉仕してきたものであるが、その間誠実を信条として職責をつらぬいてきており、相当の社会的地位と信用を有している。被告会社発行の「文芸春秋」に対する社会的評価は、その発行部数と相まって常に業界をリードする程著名であるから、右雑誌を使用しての原告に対する本件名誉毀損の程度は、原告の政治的生命を左右する程大きなものであり、これにより原告の蒙った精神上の苦痛も大きく、これに対応する慰藉料は金二、〇〇〇、〇〇〇円を下らない。また、被告等は、その毀損した原告の名誉信用を回復する処分として、請求の趣旨記載の謝罪広告をするのが適当である。
(六) よって、原告は、被告等に対し連帯して、その不法行為によって蒙った前記精神上の苦痛に対する慰藉料として金二、〇〇〇、〇〇〇円およびこれに対する本訴状送達の日の翌日から右支払ずみに至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払うことならびに前記謝罪広告をすることを求める。
と述べ、
二、被告会社の抗弁につき、
被告会社主張の抗弁事実は争う。
と述べた。
第三、被告等訴訟代理人は、請求原因に対する答弁として、
一、原告主張の請求原因事実中、(一)の事実、(二)のうち、被告会社が、主張のように昭和三六年一月一月付発行の「文芸春秋」新年特別号二九四頁以下で、それが原告に関する記事であることを除いて主張のような要旨の別紙記載の記事(本件記事)を含む被告三谷執筆の本件滑稽譚を掲載し、これを昭和三五年一二月上旬頃、全国に販売、販布したこと、(三)のうち、原告が主張のとおり米国に主張してきたこと、(四)のうち、訴外田川博一が、被告会社から、本件文芸春秋の編集、発行の担当責任者として選任され、その執務上、被告三谷の執筆提供した本件滑稽譚を本件文芸春秋に掲載したこと、(五)のうち、「文芸春秋」は、主張のような社会的評価を受けていることはいずれも認めるが、その余はすべて争う。
二、本件記事は原告に関する記事でない。即ち、大阪府議会ないしその議員に限らず、広く中央、地方を通じて日本の議会ないし議員における甚しい腐敗、紊乱ぶりを指摘し、その真相を一般国民に認識させると同時に、その実態に鋭いメスを入れることにより関係者の反省を促し、よってその粛正の実を挙げようとする公益的な意図に基き、被告三谷が、大阪府議会の一議員として府議会ないしその議員の過去および現在の実態を知悉しており、折から大阪府議会議員のいわゆる浴場汚職を初めとする数々の腐敗ぶりが目立っていたところから、大阪府議会ないしその議員を例にとり本件記事を書いたもので、そのうち「アメリカとは熱海なり?」の項の記事も、たまたま大阪府議会議員某が四〇日間の予定でアメリカ出張を命ぜられて旅費、宿泊費、日当等の支給を受けながら、サンフランシスコ到着の翌日直ちに日本に引返し、予定の出張期間中を内地で過ごすことにより旅費、宿泊費、日当等の余剰を不当に利得しようとしていたところ、滞在中の熱海の温泉旅館で同僚議員に発見され、周章狼狽したということが広く大阪府議会内で事実として伝えられているので、右公益の目的から、これをテーマとして記述したものであり、したがって、本件記事に登場する人物の実田作夫という名称も、ブルジョワの代弁者たる自民党、地主階級を代表する者で泥くさい田吾作的な男として設定したので、それを連想させるため、実れる田を作る男(夫)という意味から被告三谷が考え出した架空の名称であって、原告を意味するものではない。したがって、実田作夫は渡米当時、四期の議員で、どもりであるのに対し、原告は渡米当時三期の議員であったしどもりでもない。
三、仮に実田作夫は原告を指しているものと認められるとしても、本件記事は原告の名誉を毀損していない。即ち、原告主張の本件記事の要旨とは、本件記事のうち「アメリカとは熱海なり?」の項を要約したものであるが、これを本件滑稽譚全体との関連で検討するときは、「大阪府会滑稽譚」をサブタイトルとする「外遊はもうかりまっせ」という標題、さらに、「税金で尿道を熱くする」「海外旅行は唖に限る」、「アメリカとは熱海なり?」、「見えすいた大ボラ」、「議会で噛みつく」、「香港でバッタリ」等各項の題名からも判るように、この記事は、ユーモラスな読物として風刺的にフィクションを交えて記述されたいわゆる中間読物であることが明白であり、一般にも、この種の読物においては、その性質上事実の集中、省略、修飾がなされ、また本筋に影響のない限りは、多少のフイクションが加味されるのが通常であるものと理解されているので、その点、読者においても、本件記事がすべて真実であると考えるはずもないから、本件記事により原告の社会的地位の低下があったとは考えられない。
と述べ、
第四 被告会社訴訟代理人は、
一、主張として、
仮に、本件記事の内容およびその本件文芸春秋への掲載が、原告の名誉を毀損したものと認められるとしても、次の各事由により、被告会社および訴外田川博一においては本件記事を掲載するについて、原告の名誉を毀損する故意はもちろん、何らの過失もなかったものである。
(1)、被告会社は、本件記事を含む本件滑稽譚を掲載するにつき、本件文芸春秋の編集、発行の担当責任者である訴外田川を通じて、被告三谷から、前もって、右執筆の意図は前記のとおり公益の目的にあること、記事の内容は新聞の発表等により大衆の既知の事実に基いていること、本件記事に登場する人物の氏名実田作夫は架空のものであること、被告三谷がこれより前に被告会社に寄稿した後述の著述と同様、何等名誉毀損等の問題を起さないものであること等を言明されていたし、
(2)、実際、本件滑稽譚の記述の意図が、執筆者の言明のとおりに読み取れたこと、
(3)、被告三谷は、当時大阪府議会の現役議員であって、大阪府議会ないしはその議員についての過去および現在の実態を正確に知悉しているはずであるから、特に本件のように同僚の議員の事柄を記述したものは正確なものと信じられたこと、
(4)、被告三谷の大阪府議会議員としての本名を表示した署名入の記事であったから、でたらめな記述はないと信じられたこと、
(5)、右実田作夫という名称を被告三谷が作出したとの理由が前記のとおり合理的であって、右名称を使用しても、実在の人物に迷惑はかからないと考えられたこと、
(6)、被告三谷は、これより三ヵ月前、同じく訴外田川の編集、発行にかかる「文芸春秋」の昭和三五年一〇月号に掲載された「大阪風呂銭騒動記―利権を繞ってうごめく地方ボスの生態―」と題する記事を寄稿しており、それは「垢を洗い流すための風呂屋に欲の皮がこびりつく。浴場を繞って巻き起る利権騒動珍奇談」と銘打ち、大阪府議会議員の腐敗を指摘、暴露したもので、本件滑稽譚と同じ舞台で同様のテーマを扱ったものであり、そこでの登場人物は、稲田草蔵、福田福太郎、丸田英次郎、田中太郎、森田顕道、山田敬二等の名称が用いられていて、その殆どに本件の実田作夫と同じく田の文字が付されていたが、この記事については、登場人物その他から何らの異議抗議もなかった。
と述べ、
二、抗弁として、
仮に、訴外田川のした本件文芸春秋への本件記事掲載が原告の名誉を毀損したものと認められるとしても、被告会社は、同訴外人を本件文芸春秋の編集人兼発行人に選任したことおよび同訴外人に対する監督につき何ら過失がない。即ち、同訴外人は、入社以来十数年間専ら「文芸春秋」その他の月刊雑誌の編集部門を担当しているほか、その間二回に亘り雑誌編集等の研究のためヨーロッパおよびアメリカに出張し、その正しい知識を得てきている豊富な経験を有する優秀な編集者であり、綜合雑誌の使命ないし責任を良く認識し、人権の尊重も十分に心得た上で職務を遂行しているため、いまだ、その編集、発行につき、民事上敗訴となるような訴を提起されたことはなく、刑事上起訴されるような過誤を犯したこともないから、このような訴外田川を本件文芸春秋の編集、発行の担当責任者に選任したことにつき、被告会社に何らの過失もない。また、被告会社は、本件滑稽譚掲載に当り、訴外田川をして、被告会社の法律顧問たる訴外藤井幸弁護士にその原稿を示し、これを本件文芸春秋に掲載しても他人の名誉を毀損するおそれなきやを鑑定せしめ、その結果、執筆者の前記言明どおりであればその心配はない旨の回答を得たのであるから、被告会社は、訴外田川の監督上においても何ら過失はないものである。したがって、被告会社は、訴外田川のした本件文芸春秋への本件記事掲載に基く原告の名誉毀損につき、何らの責を負わない。
と述べた。
第五、証拠≪省略≫
理由
第一、被告会社は発行部数、数十万を算し、全国にその購読者を有する「文芸春秋」の発行ならびにその他書籍類の刊行を業とするもの、被告三谷秀治は、大阪市生野区選出の大阪府議会議員で、「文芸春秋」の寄稿者、原告は、本訴提起当時大阪市西成区選出の大阪府議会議員であること、被告会社は、昭和三六年一月一日付発行の「文芸春秋」新年特別号(通巻第三九巻第一号、本件文芸春秋)二九四頁以下に、それが原告に関する記述であるやの点を除き主張のような要旨の本件記事を含む被告三谷執筆の「外遊はもうかりまっせ―大阪府会滑稽譚―」と題する記事(本件滑稽譚)を掲載し、これを昭和三五年一二月上旬頃、全国に販売、頒布したこと、原告は、昭和三〇年三月九日から同月二五日までの一七日間大阪府から米国出張を命ぜられ、そのとおり出張してきたこと、訴外田川博一は被告会社から、本件文芸春秋の編集発行の担当責任者に選任され、その執務上被告三谷の執筆提供した本件記事を、本件文芸春秋に掲載したこと、「文芸春秋」は常に業界をリードする程著名な雑誌であることはいずれも当事者間で争いがない。
第二、そこで、本件記事が、原告につき記述したものか否かについてみるに、本件記事によると、そこに登場する主人公実田作夫の特徴として、同人は、自民党所属の大阪府議会議員で、議会では「ぐず作」と言われるほど愚鈍でまたどもりであること、その祖父は南大阪一帯の大地主であったことから、その威光で四期も重ねて議員をしていたこと、アメリカ視察に行ったこと、府会議長や副議長になったことがなかったこと等が挙げられているが、一方、≪証拠省略≫を綜合すると、原告は、当六六年であって、昭和一三年来同四二年三月当時までそのうち同二二年から同二六年四月までの間を除いて通算六期、自民党所属の大阪府議会議員として、一般に南大阪と呼称される地域に含れる西成区から選出されており、本件文芸春秋の発行された昭和三五年一二月当時は五期の議員であったこと、その先祖は隆盛期には約二〇町歩の土地(大部分は農地)を有する地主であったが原告の代になってから、戦後の農地解放政策実施の下でその土地の大部分が国に買収され、以来原告は約二、〇〇〇坪を所有する地主となったが、その選挙区である西成区を中心として大阪府下でも相当の知名人であること、動作も少し緩慢なところもあって「ぐず作」というあだ名があるほか、演説をする場合等はないが、特に座談の場で立腹して話す際に少しどもる癖があり、「ども作」というあだ名も大阪府議会および選挙区住民の間で使われていたこと、大阪府議会議員としての海外出張は、前認定の昭和三〇年三月における渡米一回のみであり、その当時三期(但し三期の末で昭和三〇年五月から四期の議員として選出されている)の議員であったこと、府議会議長や副議長になった経歴を有さないことが認められ(る。)≪証拠判断省略≫他に右認定を覆すに足る証拠はない。
以上認定の実田作夫と原告とを対比してみると、その名称において文字および発音ともに酷似していること、両者ともに、南大阪一帯のもと大地主であり同地域出身の自民党所属の大阪府議会議員であって、どもる癖を有していて、府議会内においても「ども作」「ぐず作」というあだ名が使われており、府議会議員としてはじめて米国に出張したものであり、その議員歴において四期と三期の末でわずかの差があるが、古参の府議会議員であることを共通にしており、それにもかかわらずともに府議会議長、副議長の経歴を有しないこと等の点で、著しい相似点が存しており、原告を知る読者をして作中の実田作夫は原告であると信じこませるに充分であると認められる。
右の点に関し、被告等の答弁二の主張事実にそう、被告三谷は、大阪府議会の腐敗ぶりを指摘し、その真相を一般国民に認識させると同時にその実態を暴露して関係者の反省を促し、よって粛正の実を挙げようとする公益的な意図から本件記事を書いたもので、それは、原告ではない府議会議員が、大阪府の命により海外(東南アジア)に出張しているはずの日に熱海の旅館に潜伏していたところを、同僚の議員に発見されたとの実話を基礎とし、これに適当なフィクションを加えたもので、主人公も、自民党議員とし、それに代弁される地主階級で、また海外旅行をするにはおよそふさわしくない泥くさい田吾作的な男として設定したので、これを氏名で表現するため、実れる田を作る男(夫)の意味から実田作夫という架空の名称を作り出したものであるとの≪証拠省略≫の各該当部分は、後記認定のように主人公実田作夫の名称の作出の理由の点で信用できないばかりか、全体として強いて本件記事執筆者としての主観を強調することによりその責任を回避しようとすることが窺われ、何ら右認定を左右するものではない。
第三、つぎに本件記事が本件文芸春秋に掲載されたことにより原告の名誉が毀損されたか否かについてみるに、前認定のとおり、原告は昭和三〇年三月九日から同月二五日までの間米国に出張を命ぜられそのとおり出張してきたものであるのに、本件記事においては、そこに登場する実田作夫すなわち原告は、要するに大阪府から四〇日間の米国出張命令を受け、これに対応する旅費、日当、宿泊料等の支給を受けながら、サンフランシスコ到着の翌日直ちに帰国し、右出張期間中を熱海の旅館で過して支給旅費、日当、宿泊料等を着服し、たまたま右旅館に泊りあわせた被告三谷に発見されたにもかかわらず、旅行日程を無事終えて帰国したように装い帰阪し、駅頭でアメリカ各地の産業、経済、文化、行政等の視察の報告をしたが、その後、右熱海潜伏の事実の暴露をおそれ、被告三谷に対しその口止料として金品を提供しようとまでしたが、同被告に拒絶されてべそをかいたと記述されているものであるから、それは全く事実無根であるばかりか、その内容は原告の名誉を著しく傷つける程度のものである。
そして、本件記事を含む本件滑稽譚が掲載されている本件文芸春秋は、昭和三五年一二月上旬頃、全国に販売されたことは前認定のとおりであるが、≪証拠省略≫によると、本件記事は、特に原告が知られている大阪府下において、五万部足らず発行された本件文芸春秋の読者を通じて、大阪府議会内はもちろん一般にも伝えられたことが認められ、右認定を覆すに足る証拠はないから、これにより、原告は著しくその社会的地位を傷つけ低下させられ精神的打撃を蒙ったことが認められる。
もっとも、この点に関する被告等の答弁三の主張についてみるに、本件滑稽譚は、その文体、内容からして、ある事実に適当にフィクションを加えて、ユーモラスに風刺ををきかせて書かれた実話と小説との中間のいわゆる中間読物という分野に入るものであるとの点は、一部被告の主張に符合するけれども、なおその作中の人物は前認定のとおり特定の人物である原告に著しく酷似させ、ことにその人物の行動についての本件記事は虚偽で醜悪な事実を記述しており、明らかに右中間読物として許さるべき限度を超えているものである。また、本件滑稽譚はそのいわゆる中間読物である性質から原告を知る一般読者をしてその内容はフィクションを含み架空の事実の記述であると考えさせ得べきものであるとの点は、右主張にそう≪証拠省略≫はいずれも信用できず、かえって執筆者三谷は当時現役の大阪府議会議員で後記認定のように府議会内部のこの種の事情に精通しており、それゆえにこそ真実を明らかにしようとしているものと考えられることからむしろその執筆内容は大方真実と信じさせるものであることに鑑みるときは、被告等の右主張は一層その理由がなく、何ら右認定を左右するものではない。
第四、そこで、被告三谷および被告会社に、原告の名誉を害するについての故意過失があったか否かについて判断する。
一、先ず、被告三谷についてみるに、≪証拠省略≫を綜合すると、被告三谷は、昭和二六年四月から現在まで引続き生野区選出の共産党所属の府議会議員であり、本件記事執筆前においても長らく原告と議員生活をともにしてきており、その間、ともに府議会の貿易促進委員として仕事をし、またともに国内旅行もしたこともあって、原告が、前認定のとおり、西成区選出の自民党所属の議員であること、その議員歴、わずかにどもる癖を有していること、原告が昭和三〇年三月九日から同月二五日までの一七日間米国に出張してきたこと、また府議会議長、副議長となった経歴を有しないこと等についてはよくこれを熟知していたことが認められ、さらに、≪証拠省略≫を綜合すると、本件滑稽譚のうち、「海外旅行は唖に限る」の項に登場する府議会議員、亀田某、臼田光二、「香港でバッタリ」の項に登場する府議会議員、丸田栄次郎、高木義文、本件文芸春秋より三ヵ月前に発行された昭和三五年一〇月号の「文芸春秋」に掲載された被告三谷の執筆した「大阪風呂銭騒動記」に登場する丸田英次郎など、いずれも実在の府議会議員の氏名を一字か二字変えて作ったもので、その殆どの姓に田の字を附すという手法を用いているが、それらはこれ等の者を知る者であればこれを一読して直ちにその本名が推知できるもので、本件における主人公実田作夫の名称は、右と同様の手法によって作られたものであることと、被告三谷は大阪府議会各議員のこの種動向に強い関心を抱いており、本件記事の内容が虚偽であることもまた熟知していたことが認められ、この事実に、前記認定の原告と実田作夫との間に著しい類似点が存する事実を綜合すると、被告三谷は、故意に、実田作夫の性格、経歴、その他の特徴につき、原告をモデルとしてこれに前示認定の虚偽の事実を加えて本件記事を記述したものと認められ(る。)≪証拠判断省略≫
二、次に被告会社についてみるに、被告会社は、その使用人である訴外田川博一をして本件記事を掲載した本件文芸春秋の編集、発行にあたらせたことは前認定のとおりであり、被告会社は、雑誌の編集発行等の広報活動に関する経営をするものとして、「文芸春秋」に記事を掲載するに際しては、その機関もしくは担当使用人をして、その記事の内容および事実の真相を十分に調査する等の措置をとることによりいやしくも個人の名誉を毀損する等人権侵害の生ずることを未然に防止すべき注意義務があり、特に本件のように、大阪府議会に関する暴露的記事を掲載するに際しては、その事実および登場人物について、地元大阪府下の新聞記者、大阪府会議員等その事情を知る関係者に問合わせるなど適宜の方法で十分に調査すべき義務があるもので、その担当機関もしくは使用人にも右同様の調査義務がある。
≪証拠省略≫によれば、被告会社の使用人である訴外田川は予め本件滑稽譚の原稿を被告会社の顧問弁護士に見せて登載の可否を質して差支なしとの回答を得た事実が認められるけれども、これは右訴外人において差支なしと考えたことと同じであって、これより右の調査義務を少しも軽減するものではなく、かつ右田川証人の証言によれば同訴外人としては事案に応じてよく調査すべきであることは熟知しておることが認められ、また前示認定事実によれば、同訴外人において本件記事の内容、登場人物に関する調査をするならば、作中の人物である実田作夫が原告を指し、これに関する記述が虚偽であって、原告の名誉を害するものであることは容易に判明したであろうことが窺われるのに、右田川証人の証言によれば、同訴外人においては、本件に関しては被告三谷の言を信じたというにとどまり、右の調査を何らしていないことが認められるので、同訴外人は右の怠慢によるその過失の結果についての責任を免れることはできないものであるところ、本件文芸春秋の編集、発行の担当者は、被告会社の代表取締役等の機関によってなされたものでなく、その使用人としての右訴外人が被告会社の事業の執行としてなしたものであるから、被告会社は、民法第四四条商法第二六一条第三項第七八条第二項によるその責任はないけれども、同法第七一五条により右訴外人のした行為について使用者としての責任を免れない。この点に関して被告会社がその主張として累々述べるところは、従前右のような調査について怠慢であったことの弁解にとどまるものであって、とうてい採用できない。
三、被告会社はその抗弁において右訴外人の選任監督に欠くるところはなかったからその責任がない旨主張するけれども、これを認めるに足る証拠はなく、却って右認定事実からもその怠慢振りが窺えるのであって、とうてい使用者としての責任を免れることはできない。
四、そうすると、被告等は、被告三谷が右訴外人と共同して原告に対しその名誉を害してその社会的地位を傷つけて低下させそれに精神的苦痛を与えた本件不法行為について、ともに連帯して原告に対しその名誉を回復しその損害を賠償する義務のあることはいうまでもない。
第五、そこで、原告のその害された名誉回復の方法限度とその損害を賠償すべき慰藉料額について判断することとする。
先ず原告の名誉回復の方法限度についてみるに、以上認定のとおり、原告は、本件文芸春秋の発行された当時までにおいて、昭和一三年以来通じて六期、二十数年間、自民党所属の大阪府議会議員であって大阪府下におけるその知名度および社会的地位は高く、その名誉は十分に重じられねばならないこと、被告三谷は、本件滑稽譚執筆当時、現役の共産党所属の大阪府議会議員であって、その著述の影響力は大きいこと、被告三谷執筆の本件記事は、本件文芸春秋への掲載により全国に流布され、特に原告を知っているその選挙区である西成区住民およびその他の者の間においては概ね真実と受取られ、その結果右選挙区住民の間および原告を知る者の間における原告の社会的地位の低下は著しいものがある。
一方≪証拠省略≫によれば、被告三谷は、本件文芸春秋が発行された後、直ちに原告から抗議を受けたので、その後、本件滑稽譚を収めた単行本「議員稼業ボロおまっせ」において、本件主人公の名称である実田作夫を八田菊夫と改め、そのあとがき中に「外遊はもうかりまっせは、モデル問題で、掲載誌の文芸春秋とともに訴えられ、目下係争中のものである。とくに出版社の希望もあり、かつまたことさらにめくじらたてるほどのこともあるまいと考えたので、登場人物の氏名中、若干の訂正を加えた。」旨記載していることが認められるけれども、右氏名訂正のほかはあとがきの文言を含めて被告等において原告の害された名誉の回復に努めたあとは認められない。
そうすると、その名誉回復の方法については、右のような原告を知る者が主として西成区を中心としたその周辺であることと、右名誉の毀損が主として事実の真否に関する点に鑑み主文第一項に掲げる限度の方法および文言をもって足るべく、原告の被告等に対する本訴請求中名誉回復を求める部分は右の限度でその理由があるのでこれを認容することとし、その余は失当であるからこれを棄却すべきである。
つぎに、その損害を賠償すべき慰藉料額についてみるに、前示認定事実のほか原告本人尋問の結果ならびに被告三谷秀治本人尋問の結果認められる諸般の事情を勘案すると、本件で原告がその名誉を害されたことにより蒙った精神上の苦痛に対する慰藉料額は金一、〇〇〇、〇〇〇円をもって相当とすることが認められるので、原告の本訴請求中金員支払を求める部分は被告らに対し連帯して右の金一、〇〇〇、〇〇〇円およびこれに対し、履行期の後である本訴状が被告等に送達された日の翌日であること一件記録により明らかな昭和三六年二月一六日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度でその理由があるからこれを認容すべく、その余は失当であるからこれを棄却すべきである。
第六、よって、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第九二条但書、第九三条を適用し、主文の通り判決する。
(裁判長裁判官 富田善哉 裁判官 鴨井孝之 裁判官 和田日出光)
<以下省略>